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最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)675号 判決 1963年12月24日

判   決

東京都中央区日本橋本石町一丁目六番地の三

上告人

株式会社東京銀行

右代表者代表取締役

堀江薫雄

右訴訟代理人弁護士

久保田保

東京都台東区西黒門町二二番地

破産者新光貿易株式会社破産管財人

被上告人

田村福司

右訴訟代理人弁護士

小倉隆志

長野潔

右当事者間の不当利得返還請求事件について、東京高等裁判所が昭和三五年二月二五日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人久保田保の上告理由第一点について。

商法は、資本充実の要請から、同法一六八条一項六号に規定する財産引受をもつていわゆる変態設立事項の一として厳重な制限を課しているが、単純な債務引受のごときは、右法条の明文上もまたその立法の趣旨からも、同条にいう財産引受に該当しないと解すべきことは論旨のいうとおりである。しかし、積極消極両財産を含む営業財産を一括して譲り受けるときは、消極財産が積極財産に対してある程度の対価的意義を持ちうるから、発起人において会社の成立を条件としてかかる営業財産を一括して譲り受ける旨の契約をした場合は、これをもつて同条にいう財産引受に該当するものと解するを相当とする。そして、所論指摘の原判示は、その措辞いささか尽さないところはあるとしても、結局本件債務引受が右の意味において財産引受に含まれるという趣旨を説示したものと解しえないものではないから、論旨は理由がないことに帰する。のみならず、商法一六八条一項六号の立法趣旨からすれば、会社設立自体に必要な行為のほかは、発起人において開業準備行為といえどもこれをなしえず、ただ原始定款に記載されその他厳重な法定要件を充たした財産引受のみが例外的に許されるものと解されるところ、原判決が確定した事実によれば、本件債務引受については破産会社の原始定款にその記載がなかつたというのであり、右債務引受が会社の設立自体に必要な行為と解されないことはいうまでもないから、そもそも本件債務引受が財産引受に該当すると否とにかかわらず破産会社に対してその効力を生じえないものといわなければならない。されば、論旨は、原判決に影響を及ぼすべき法令違反の主張にもあたらない。論旨は、採用するを得ない。

同第二点について。

原判決は、銀行業者である上告人が本件不当利得にかかる弁済金を運営資金として利用し、少なくとも商事法定利率による利息相当の運用利益(臨時金利調整法所定の一箇年契約の定期預金利率の制限内)を得て、しかもそれが現存していることを認定し、そのうち上告人に対してその悪意となつた時期以後の分の返還を命じていることは所論のとおりである。しかし、論旨は、結局、いずれも採用できないことは、左に述べるとおりである。すなわち、

論旨は、原審の右事実認定が証拠に基づかないとか不合理であるとかいうが、当事者間に争のない事実関係ならびに原判決挙示の証拠関係から、原審の右事実認定は首肯できるから、右論旨は、単なる事実認定非難ないしは独自の法律的見解の主張にすぎないことに帰着する。

つぎに、論旨は、上告人が前記のような運用判益を取得したからといつて、破産会社にそれに相応する損失がないというが、不当利得された財産について受益者の行為が加わることによつて得られた収益については、社会観念上受益者の行為の介入がなくても不当利得された財産から損失者が当然取得したであろうと考えられる範囲においては損失者の損失があるものと解するを相当とし、本件において被上告人が主張する運用利益は少なくとも右範囲内にあるものと認められるから(関連事件である当審昭和三五年(オ)第六七四号事件判決参照)、右論旨は理由がない。

また、論旨は、原判決が本件運用利益の返還義務の有無につき、善意の占有者の返還義務の範囲に関する民法一八九条によつてこれを決定していることを非難するところ、当審もかかる原審の見解は採るべきではなく、もつぱら民法七〇三条、七〇四条の適用によりこれを定めるべきものと解するが(前記関連事件判決参照)、そうした場合でも、上記のように、本件運用利益に相応する破産会社の損失があるものと認められる以上、上告人はその善意悪意をとわずこれが返還義務を免れないものであるから、右論旨は判決に影響を及ぼすべき法令違背の主張にあたらない。

さらに、論旨は、右運用利益よりその収取に必要な経費を控除すべきであると主張するが、被上告人主張の運用利益そのものが、すでに右控除の結果得られた純益を指すものであることは極めて明白であるから、右論旨は理由がない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官 五鬼上 堅 磐

裁判官 河 村 又 介

裁判官 石 坂 修 一

裁判官 横 田 正 俊

上告代理人久保田保の上告理由

第一点 原判決は商法第百六十八条の解釈が法令の適用を誤りたる違法がある。

原判決は、その理由中「発起人が会社設社を条件として会社のため特定の資産債務を一括して取得する契約は必ずしも常に無条件に許されるものではないのであつて、商法が会社目的達成を困難ならしめるような不正不当の行為を防止するためその第百六十八条第一項第六号に会社成立後に会社に帰属することを約した財産につき定款に一定の事項を記載することを命じその記載を欠くときは効力を生じない旨を規定した趣旨に徴すれば債務の引受も同規定にいう財産引受に含まれ、従つて定款にその記載がなければ右債務引受は無効のものと解すべきところ、成立に争のない甲第七号証によれば破産会社の定款には本件債務引受に関する記載のないことが明らかであるから破産会社の前示債務引受は無効なものといわねばならぬ。」と判示し、被控訴人の請求を認容したるも、右判示は商法第百六十八条第一項第六号の解釈を誤りたるものと信ずる。商法第百六十八条第一項第六号は「会社成立後に譲受くることを約したる財産、其の価格及譲受人の氏名」とあつて、これを定款に記載するに非ざれば財産譲受契約の効力を有せざるものとせられている。然らば右「譲受くることを約したる財産」とは如何なる財産であるか単なる債務をも含むものであるか、原判決はたやすく債務を含むと断定しているが債務の如きは右規定制定の沿革目的精神論理上からしても右規定に所謂財産に該当しないものであると信ずる。

商法第百六十八条第一項第六号の規定は、旧商法においては存しなかつたが、独逸株式法第二十条現物出資(Sacheinlagen)財産引受(Sachbernahmen)の規定にならつてこれを採用規定せられ、学者等はこれを財産引受の規定と称し原判決も同定定を財産引受の規定とせることは前判示のとおりである。ここに所謂財産引受とは独逸法の(Sachbernahmen)訳語で我が商法の右規定には独逸法のように財産引受という条文見出しを掲げず右のように単に財産引受の規定と称しているので原判決もその如く称しその言葉の淵源を究むることなく、我国において財産と云えば積極消極の両財産を含む場合もあるので、消極財産の一種である債務も所謂財産引受における財産の中に含まれるものと誤解したものと信ぜられる。我が国における財産なる言葉は財産一覧表というようなときの財産には積極消極の両財産を含むが財産家というときの財産は積極財産のみを指しているようなまことに曖昧な内容であるが通俗的に財産といえば積極財産を指すことが多いのは吾人の経験上明らかである。而して引受なる言葉も我国においては積極財産の移転を伴うような行為を表現する場合には用いられること尠く主として債務を引受くというような場合に使用されることが多いので、原判決は財産引受なる言葉のよつて来る所を究めずして財産引受には債務引受けをも含むとするの誤を犯したものと信ずる。

我が商法第百六十八条においては現物出資の規定は第一項第五号に掲げ財産引受の規定を第六号に掲げているが、この法源となつたドイツ株式法においては第二十条に現物出資(Sacheinlagen)財産引受(Sachbernahmen)なる条文見出しを掲記して規定されている、其の全文を掲ぐれば「§ 20 Sacheinlagen. Sachbernahmen. (1) Sollen Aktionre Einlagen machen, die nicht durch Einzahlung des Nennbetrags oder des hheren Ausgabebetrags der Aktion zu leisten sind(Sacheinlagen),oder soll die Gesellschaft vorhandene oder herzustellende Anlagen order sonstige Vermgensgegenstndebernahmen(Sachbernahmen), so mssen in der Satzung festgestzt werden der Gegenstand der Sacheinlage oder der Sachbernahme, die Person von der die Gesellschaft den Gegenstand erwirbt, und der Nennbetrag der ber Sacheinlage zu gewhrenden Aktion order die bei der Sachbernahme zu gewhrende Vergtung.訳文、第二十条現物出資財産引受、(一)株主が株式の券面額又は券面額以上の発行価格の払込によらずして給付すべき出資を為すべきとき(現物出資)、又は会社が現存若しくは創設せらるべき施設其の他の財産を引受くべきときは(財産引受)、定款中に現物出資又は財産引受の目的物、会社が其の者より目的物を取得する者、及現物出資については之に与うべき株式の券面額、又財産引受に付ては之に与うべき代償を確定することを要す。」とあつて、我が商法第百六十条第一項第五号第六号と同様の規定である。右にて明かなる如く、条文見出しにある現物出資及び財産引受の訳語の現物財産も等しくSach事物物品物件物であつて現物出資財産引受の目的物は同一の物である、又条文中財産引受の目的物を「現存し若しくは創設せらるべき施設其の他の財産」とせるも其の他の財産sonstige Vermgensgegenstndeはその他の資産たる事物物体商品を意味し、「現存若しくは創設せらるべき施設」と併記し、施設が積極財産である如くVermgensgegenstndeも積極財産である。現物出資の現物も財産引受の財産も会社にとつては何れも同一内容の目的物であつて、現物出資の対価が株式であるのに対価が株式以外の物であることが異つているだけである。会社に対する出資の現物に債務を含むことがありうるであろうか債務を引受けた会社がその引受対価として株式を与うることがありうるであろうか、株式取得のための現物出資はあくまでも積極財産である、積極財産であるが故に出資に対して株式が与えられるのである、それと同様にここに所謂財産引受における財産も積極財産であればこそ定款中に与うべき代償を確定すべきこを要すとせられたのであつて債務の如き消極財産を含まないことは論ずるまでもなく当然自明のことがらである。

我国昭和三十三年法律第四十八号の旧商法第百二十二条においては定款の絶対的記載事項として第一項第四号に「金銭以外の財産を以て出資の目的と為す者の氏名、某財産の種類、価格及び之に対して与うる株式」として掲げ、新商法第百六十八条第五号現物出資に関する規定と同様の内容であるが旧商法においては新商法百六十八条第六号の如き所謂財産引受の規定は欠いていた。現物出資については定款に記載するの外不正防止のため商法第百八十一条に定むる検査役の調査を必要とする等厳重に規制せられたのが、これらの規制を脱法手段として会社成立を条件として特定の財産を取得する契約が往々用いられて来たので、新商法はドイツ法にならつて前述のような所謂財産引受の規定が採用せられたのである。(我が商法がドイツ法の此の制度を採用したものであることは商法学者のひとしく認めるところである、田中耕太郎博士改訂会社法概論二五七頁田中誠二博士会社法九八頁)法の精神を知るには法の制定せられた沿革を知ることが必要である、採用せられたるドイツ法の財産引受の解釈を知つて始めて我が商法の所謂財産引受なる規定の正当なる解釈を為しうるものである、従つてドイツ法と同様なる我が商法の所謂財産引受においては、ドイツ法の財産引受に消極財産たる債務の引受を含まないと同様に債務引受を含まないことは明らかであるといわねばならない。商法第百六十八条第一項第六号が現物出資に関する規定を潜脱するを防止すべき目的のため制定せられたことは我が商法学者の全部が認むるところである。(田中耕太郎博士前掲二五七頁)最高裁判所昭和二十六年(オ)第五一〇号昭和二十八年十二月三日第一小法廷判決(最高裁判所民事判例集第七巻一、三〇〇頁)においても「商法第百六十八条第一項第六号にいわゆる財産引受けは現物出資に関する規定をくゞる手段として利用せられる弊があつたのでこれを防ぐため現物出資と同様な厳重な規定を設け公証人の認証を受けた定款にこれを記載しない財産引受は効力を有しないものと定められたのである。」と此の法目的を明らかに判示している、法目的が現物出資規定潜脱防止であるからには、いわゆる財産引受の財産なるものは現物出資として出資すべき財産と同一性質を有するか現物出資と同一の結果を生ずるような財産でなければならない、従つて同条第五号にある「出資の目的たる財産」が積極財産とせられるものであると同様に第六号の「譲受くることを約したる財産」も亦積極財産を指称するものである。現物出資が会社に出資目的財産を提供して出資者は対価として株式を与えられ株主となるのである如く、第六号の所謂財産引受は会社成立を条件として会社に財産を提供して其の代償対価を受くる契約である。対価が株式でないことが異つているのみである、財産提供者たる譲渡人と譲受人たる会社発起人との間における有償且双務契約である、例えば売買、請負契約の如きものである(松田氏新会社法概論九一頁、田中耕太郎博士前掲二五七頁、田中誠二氏前掲九八頁)債務引受契約の如きは全く別個の範疇に属する契約である、財産の譲受なる用語は譲渡に対応するもので、一個の行為を相対立する当事者の何れの側より見るかによつて用法を異にするに過ぎない、財産の譲渡、譲受という語法は、社会通念経験則上権利の譲渡といい、物の譲渡といい、何れも積極財産権の移転が行われる場合において用いられ、債務者の変動を生ずる場合には用いられないのである、債務については債務の引受承継負担なる用語を用いるのである、従つて社会通念経験則による国語の用法に依つても第六号規定の譲受くることを約したる財産を積極財産を示すものなるものと解するが自然であり特に其の価格及譲渡人の氏名を記載すべきこと規定しているのを見れば会社に対し積極財産を譲渡した価格及びその譲渡人の氏名と解する外ないのである。債務については譲渡とか譲渡人なる用法はない、此の点からしても、いわゆる財産引受に於ける財産なるものには債務の観念の介入する余地なく、原判決が判示せる如く債務の引受は同規定にいう財産引受に含まれるものではない、原判決は商法第百六十八条第一項第六号の規定を以て「商法が会社目的達成を困難ならしめるような不正不当の行為を防止するため」を目的とするものとし「会社成立後に会社に帰属する財産につき定款に一定事項の記載を命じ」と判示しているが、同規定の財産とは発起人が会社成立後に譲受けることを約したる財産で成立後会社に帰属する一切の財産をいうのではない、譲受けることを約したる財産と単に帰属する財産というのでは其の財産の範囲は自ら異なる、単に帰属する財産という場合においては消極財産をも含む場合もありうるからである、同規定の財産とは上告人が前述せる如き性質の財産であり、単に成立後会社に帰属するという財産ではない、又同規定の目的は上告人が前述せる如く現物出資の規定を潜脱するような不正不当の財産譲受契約を防止するにあつて、原判決判示のように会社目的達成を困難ならしめるような不正不当の行為ならなんでもこれを防止することを目的とするものではない、不正不当なる同規定の財産引受も会社の目的達成を困難にするものではあるが、会社の目的達成を困難ならしめるような行為とはこれのみではなく、第百六十八条第四号の発起人の受くべき特別利益、第五号の現物出資、第七号の設立費用発起人の報酬等も不当不正なるときは何れも会社の目的達成を困難にするものである、又不当不正なる債務の引受も会社の目的達成を困難にするものがあるが此の目的達成困難の理由だけで直ちに同条第六号に定むる財産引受に該当するものと解し、右債務引受契約を無効なりと速断することは許されないと信ずる、被上告人の主張するように本件の債務引受が会社の目的達成を困難にするものであるとするならば、会社の目的範囲内の行為なりや否やによつて、その有効無効を判断し得るのであつて同規定によることを要しないのである。此れによるの判断は本件の如き場合においては一見非常に困難ではあるところ、原判決は此の困難を回避して被上告人の請求を認容せんがために判断の安易になしうるところの本件債務引受の定款に記載なき事実をとらえ、債務引受も同条第六号の財産引受に含まるるものとして判示せるものと信ぜられる、被上告人の請求を認容せんがためには会社の目的範囲逸脱行為なりと認定するを以て足り、同条六号の財産引受の規定を不当に拡張解釈するの要なきものと信ずるのである。上告人は、本件債務引受については、被上告人が第三次請求原因とせる会社の目的の範囲を越えた行為か否かによつてその当否を判断すべきものと信ずる、以上何れの観点から論ずるも原判決は法令の解釈を誤りたる違法があるか、若しくは法令の適用を誤りたる違法があるので破毀さるべきものと信ずる。

第二点 原判決は不当利得に関する法令の解釈を誤つたか審理不尽、理由不備違法がある。

一、原判決は「被告(上告人)が右弁済金受領について善意である間は被告においてその運用による利益を取得しうるものと解するのが相当であり、被告が悪意となつてからは被告は右運用によつて得た利益を返還することを要するものというべく、(民法第百八十九条第一項参照)被告が銀行業者であることは上記認定のとおりであるから右弁済金を利用して少くとも商事法定利率による利息相当の運用利益(臨時金利調整法所定の制限内の利益)を得ておることは容易に窺い得られ、民法第四百十九条が不可抗力の抗弁を許さない精神を顧みれば、やはりそのように見るのが相当であると考える、……他に反証の認められない本件においては右利益は現存しておるものと解すべきである、」として上告人に対し悪意と認定したる昭和二十九年六月二十二日以降上告人の弁済受領金に対する年六分の割合による利息相当の利益金の支払を命じている。これを要するに原判決は、上告人が弁済金の運用によつて得た利益の内悪意となつた日以降の分は現存しているものなるを以て、これを被上告人に返還せよというにある。然れども右判示は民法第七百三条、第七百四条の解釈を誤つているものと信ずる。民法第七百三条は普通の不当利得の成立要件及び善意の利得者の利得返還範囲を定め、第七百四条は悪者の利得者の利得返還範囲を規定している。

民法第七百三条は不当利得の成立要件として法律上の原因なくして他人の財産又は労務によつて利益を得たることと之が為めに他人に損失を及ぼすものなることを規定しているので利得と損失とは恰も楯の両面の如き関係を有し法律上の原因のない利得があつても、他方にこれに対応する損失がなければ不当利得とはならないのである。すなわち利得の返還請求は請求者の損失に基かなければならない。

然らば本件弁済金の運用利益なるものは果して弁済金返還請求権者の損失に基くものなりや、損失なりせば如何なる損失なりや、原判決認定の連用利益なるものは上告人の運用行為によりて生ずるもので、弁済金の如く被上告人が管財人たる破産会社の出捐したるものでもなく又破産会社の労務提供によるものでもない、原判決が参照せる民法第百八十九条は占有物より生ずる果実に関する規定で善意者悪意者の返還時期について参照しうるにとどまり、果実でない運用利益についてまで同条を類推解釈して返還義務を定めることは出来ないものと信ずる、弁済金について果実を生じているとの主張であれば如何なる果実が生じたかを認定し、その果実の返還を命ずべきである、運用利益は運用者の行為によつて生ずる利益であつて果実ではない、仮りに運用利益を不当利得として返還せしめるにはそれに対応する損失が被上告人に存したことを認定しなければならない、原判決は上告人に対し被上告人より受けたる弁済金については、「被告(上告人)は法律上の原因なくして右金額に相当する利益を受け、破産会社に同額の損失を及ぼしたものであつて」とし、不当利得の返還請求には請求者の損失に基くことを判示しているけれども、運用利益については被上告人が如何なる損失を生じたりやについては何等触れることなく、従つてその理由判断をも掲げていないのである、これ既に理由不備の違法あるものと信ずる。

二、原判決の認定をするような運用利益があつたとしても、その反面として直ちに被上告人の損失とはならない、被上告人の損失となしうるには本弁済金が被上告人においても運用し得られた機会が存したるに拘らず得べかりしものを得られなかつたことでなければならない、然るに被上告人の主張事実はかかる予見利益の返還請求ではなく、上告人の得たりと思われる運用利益を返還せよというにあるを以て、之が請求には運用利益のため損失を蒙れることでなければならないこと前述の通りである、不当利得の制度は不公平な財産的価値の移動があつた場合に利得と損失の調整を図ることを目的としているので返還義務の範囲は損失と利得との両面から制限を受ける、従つて損失がが大で利得が小なる場合には小なる利得の範囲での請求が許され損失の全部の請求は出来ない、反対に利得が大で損失が小なる場合であつても小なる損失のみの請求が許され大なる利得全部の返還請求は許されないのである、利得の全部を返還すべきものとすれば、無能な損失者は有能な受益者の介入によつて却つて利得をする結果となるの不合理を生ずるのである。

即ち運用によつて如何なる利益を得たとしても利得全部を返還するの要なく、請求者の損失の限度においてのみ返還すれば足るものと信ずる しかも被上告人においては損失の主張もなくその証明もないことは前述のとおりである 民法第百九十六条は占有者が占有物を返還するに当つては、回復者に対して保存費必要費等の償還を請求することが出来ることを規定している。此の法意より類推解釈するときは運用利益を生ずるに至りたる必要なる経費は返還を請求しうることなるのであるが、運用利益を無条件に返還せしめるときは返還請求権者をして他人の労務により不当利得を生ずる結果となり、不当利得制度の目的とする公平なる財産状態を調整する理念に反する結果となる、此の点においても原判決は民法第七百三条の解釈を誤つていると信ずる。

三、原判決は、上告人は銀行業者であるから右弁済金を利用して少くとも商事法定利率による利息相当の運用利益(臨時金利調整法所定の制限内の利益)を得ておることは容易に窺い得られ、民法第四百十九条が不可抗力の抗弁を許さない精神を顧みれば、やはりそのように見るのが相当であるとし、右弁済金に対する年六分の割合の金員を運用利益として支払うべきものと認定している、然れども右判示は右の如く理由空漢たるもので、証拠に基かず審理不尽あるものと信ずる。右理由中には被上告人の提出した甲第十五号証の二を引用していないが臨時金利調整法所定の制限内の利益であるとせられるので、右は甲第十五号証の二記載の臨時金利調整法にもとづく預貯金利率最高限度の変遷表によつたものなるが窺われる。然れども右預貯金利率なるものは銀行が預金者に対し預貯金債務の利子として支払う利率であつて銀行が受くる利益の率ではない、これは証明するまでもなく公知の事実である。銀行は其の資本、預貯金、日本銀行其の他よりの借入金等を運用して産業商業資金の貸付をなし多数の行員を使用し、莫大なる経費を費して利益を得るものであることも公知の事実である、銀行預貯金の金利は銀行においては経費として支払われるものであるので預貯金利率の最高限度を法を以て規制し自由競争による預貯金利率の高騰による経営悪化を防止せんがために臨時金利調整法が設けられているのである、従つて右預貯金利率を以て銀行の運用利益なりと推認することはまことに不合理も甚だしい、右利率は銀行が経費に属する預貯金の利息に対するもので、運用の利益は右預貯金金利の外に一切の経費を加えたものを総利益から控除して始めて生ずるのである。しかも甲第十五号証の二により明らかなるように、預貯金利率の最高は年六分であつて一か年以上の定期預金に限り付せられるのである、被上告人が右弁済金の支払を得たるならば一か年以上の定期預金をなしたであろうと想像し、若しも上告人の得た弁済金が一か年定期預金となれば年六分の利率による金利を支払つてたであろうからとて右認定がなされたふしも窺えるが、かかる想像を加えた認定は審理不尽か理由不備の甚だしいものと信ずる、原判決が商事法定利率による運用利益を得たものとせる認定は右預貯金最高利率を想起しつつ判断したものと思われるの外何等証拠の引用もなく理由も付していない、右認定をなすためには被上告人が右弁済金を運用して年六分の割合による利益を得ている証明がなければならない。被上告人の運用利益についての主張は右弁済金を一か年以上の定期預金とせば年六分の割合による金員が得られたであろうことに基くと窺われるが、予見利益の請求は民法第四百十六条第二項により上告人が予見し又は予見し得べかりしときに限られるので此の主張も証明ない本件においてはそれにもとづく認定はなしえないのである。まして被上告人は破産会社であるので右弁済金はすみやかに破産債権者に配当すべきものとしてこれを長期に運用することをえないに徴しかかる予見利益はあり得ないのである、原判決は民法四百十九条が不可抗力の抗弁を許さない精神から見れば運用利益が年六分の利率によるものとすることが相当とすると考えると判示しているが、同条は金銭債務の不履行に付ては法定利率に損害賠償を支払うべきことを規定し、右によれる損害賠償については不可抗力を以て抗弁となしえないことを規定するにとどまり、不履行に基く損害賠償の範囲を争うものでなくして、運用利益の有無其の額について争う本件に類推するは不適切である、被上告人に対し右弁済金の外に之に対する年六分の運用利益を支払うべきことを認定せんがためには、前述の如く上告人が右弁済金を運用して利益を得たることの外被上告人においてもそれに対応する損失のあつたことを証拠によつてなさねばならないのである、しかも原判決は、原判決認定のような利益が、なお現存しておるものと解するとせられているが何を理由に営利会社である銀行に運用利益が現存していると認定されたのであるか、営利会社にあつては商法所定の会計年度を定め商法所定の方法により運用利益は租税株式配当金報酬金等に支払い、或は損失の補填に費消され、各決算期に精算されて、現存するものでないことは証明するまでもなく公知の事実である、これを以てしても、右原判決は、理由不備か、審理不尽の違法あるものと信ずる。

四、原判決の運用利益を不当利得であるとする認定も、運用利益の額に対する認定においても、前述の如く理由不備、法令の解釈を誤りたる違法、審理不尽の違法があるので前記の原判決は破毀せらるべきものと信ずる、仮りに上告人において、原判決表示の受領弁済金を不当利得とせられて返還するの義務ありとし且つ原判決認定の日時より悪意の利得者となりたりとしても、其の利得返還の範囲は民法第七百七条を適用して定むべきものであると信ずる。不当利得金の返還は商行為ではないから、同条により、返還に付する利息は民事法定率たるる年五分の割合により、悪意となつた日から完済に至るまで支払えば足るものと信ずる。

然るに原判決は民法第七百四条を適用することなく上告人をして悪意の日より年六分の遅延損害金を支払わしめん意図のもとに前述の如き運用利益の認定をなし、それを以て不当利得として上告人に支払義務ありと認定したるは、法令の解釈を誤り、理由不備、審理不尽の違法ありたるものとして、原判決は破毀さるべきものと信ずる。    以 上

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